なぜ「罰せられない」ケースがあるのか?刑法の重要ルール「責任阻却事由」を解説

法学

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「法律で禁止されている行為をした。しかし、その人を刑罰に処すことはできない」——日本の刑法には、このような一見矛盾した判断が存在します。犯罪が成立するためには、単に「悪いことをした」だけでなく、その人を個人的に「非難できること(責任)」が必要だからです。心神喪失の人が犯罪を行った場合、14歳未満の少年が窃盗を行った場合——いずれも「悪いことをした」事実はあっても、刑罰を科すべき「責任」が否定されます。今回は、この非難を打ち消す事情、「責任阻却事由(せきにんそきゃくじゆう)」について、その理論的背景と具体的なケースを掘り下げます。

1. そもそも「責任」とは何か——近代刑法の根本原則

刑法における「責任」とは、一言でいえば「非難可能性」のことです。「他にもやりようがあったのに、あえて悪い道を選んだこと」に対して、国は刑罰という制裁を加えます。

この発想の根底にあるのは、「責任なければ刑罰なし(Nulla poena sine culpa)」というラテン語の格言で表される近代刑法の大原則です。刑罰は単なる「悪い結果への制裁」ではなく、「意思の自由を持つ人間が、あえて悪を選んだことへの非難」として機能します。

したがって、他の道を選ぶことが物理的・精神的に不可能だった人——判断能力を持たない人・精神障害により善悪の判断ができない人——に対しては、罰を与えるべきではない、という考え方が導かれます。

💡 「違法性阻却事由」との違い
似た概念に「違法性阻却事由」があります。正当防衛・緊急避難などがこれにあたり、「行為そのものが違法ではない(悪いことをしていない)」と判断する事情です。一方、責任阻却事由は「行為は違法だが、その人を個人的に非難できない」と判断する事情です。違法性の判断と責任の判断は、刑法の中では別の問題として扱われます。

2. 犯罪成立の三段階審査——責任はどこで問われるか

犯罪が成立するかどうかの判断は、以下の3段階を順番に検討します。

  1. 構成要件該当性:法律に書かれた「人を殺した」「他人の物を盗んだ」などの形に当てはまるか。
  2. 違法性:正当防衛・緊急避難などの特殊な事情(違法性阻却事由)がなく、行為が法秩序全体に反するか。
  3. 責任:その人を個人的に非難できるか。←ここでNOなら犯罪不成立・無罪

責任阻却事由がある場合、その行為自体は「悪いこと(違法)」と評価されますが、本人に「刑罰」というペナルティを科すことはしない、という結論になります。行為の評価と人の評価が切り分けられているのが、現代刑法の特徴です。

3. 代表的な責任阻却事由

① 刑事未成年者(刑法第41条)

刑法第41条は「14歳に満たない者の行為は、罰しない」と定めています。14歳未満は「責任無能力者」として扱われ、どれだけ重大な行為であっても刑事罰は科されません。

これは「14歳未満の子どもには、行為の意味を十分に理解し、善悪に従って行動を制御する能力が未熟だ」という判断に基づきます。なお刑事罰が科されないだけで、少年法に基づく保護処分(家庭裁判所への送致・少年院送致など)の対象にはなります。

📌 なぜ「14歳」なのか?
14歳という基準は、明治40年(1907年)の刑法制定時から変わっていません。国際的には12歳・10歳など国によって異なります。近年、少年による重大犯罪が社会問題になる中、「年齢引き下げの検討が必要では」という議論もありますが、現行法では14歳が維持されています。ただし少年法の改正(2022年施行)により、18〜19歳の「特定少年」については厳罰化が図られています。

② 心神喪失(刑法第39条第1項)

刑法第39条第1項は「心神喪失者の行為は、罰しない」と定めています。心神喪失とは、精神の障害により、事物の理非善悪を弁別する能力(弁識能力)、またはその弁識に従って行動を制御する能力(制御能力)を欠く状態のことです。

重要なのは、「精神疾患があれば心神喪失になる」ということではない点です。精神疾患を持つ人でも、弁識・制御能力があれば心神喪失にはなりません。逆に、精神疾患のない人でも、睡眠中の行為や極度の意識混濁状態では心神喪失が認定される場合があります。認定は個別の事案ごとに、精神鑑定を参考に裁判所が判断します。

③ 心神耗弱——限定責任能力(刑法第39条第2項)

刑法第39条第2項は「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」と定めています。心神耗弱とは、弁識・制御能力が著しく低下しているが、完全には失われていない状態です。

心神喪失は「無罪」ですが、心神耗弱は「有罪だが刑を必ず軽くする(必要的減軽)」という扱いです。責任が完全に否定されるのではなく、部分的に認められるという考え方です。

④ 期待可能性の欠如——理論上の責任阻却

刑法に明文規定はありませんが、理論上重要な概念が「期待可能性の欠如」です。「その状況に置かれた一般人(適法行為の期待可能性)」が、その人の立場に立っても法律に従った行動をとることが期待できない場合、例外的に責任が否定されることがあります。

たとえば、脅迫を受けて犯罪に加担させられたケースで、「それでも断るべきだった」と言えない特殊な事情がある場合などに、この法理が検討されます。日本の裁判例では適用が極めて限定的ですが、学説では重要な議論が続いています。

4. 責任阻却後の「社会の安全」——医療観察法の役割

責任阻却事由によって無罪・不起訴になったとしても、重大な他害行為(殺人・傷害・放火など)をした場合には、社会の安全を確保する必要があります。そのための制度が「心神喪失者等医療観察法(2005年施行)」です。

この法律に基づき、裁判所は検察官の申立てにより、対象者を「入院処遇」または「通院処遇」として精神科病院での治療・社会復帰支援を命じることができます。刑事罰(懲役・禁錮)ではなく「治療」として位置づけることで、本人の回復と社会復帰、および社会の安全確保の両立を図る制度です。

処罰ではなく治療・支援を優先するというこの考え方は、近代刑法の人道的な発展の現れです。

まとめ:刑罰は「非難」のあらわれ

責任阻却事由というルールは、近代刑法の「責任なければ刑罰なし」という大原則を象徴しています。単に結果だけを見て罰するのではなく、その人の置かれた状況・心の状態・判断能力まで深く見つめる。この緻密なプロセスこそが、文明社会の司法を支えています。

「悪いことをした人は罰するべき」という直感は自然です。しかし「罰する」ことは、単なる感情的な制裁ではなく、「非難できる」という前提に立った合理的な判断でなければならない——この区別を持つことが、法治社会の成熟の証です。

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