法律は正しい、でも「使い道」が間違い?柔軟な司法判断「適用違憲」とは

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「この法律は、普通に使う分には問題ないけれど、今回のケースに当てはめるのは憲法違反だ」

裁判所が憲法判断を下すとき、法律そのものをこの世から消し去る(無効にする)のは非常に大きな影響があります。そこで、法律は残したまま、目の前の被告人や原告だけを救うテクニックがあります。それが「適用違憲(てきよういけん)」です。

1. 「法令違憲」と「適用違憲」の違い

憲法違反の判断には、大きく分けて2つのパターンがあります。

  • 法令違憲(ほうれいいけん): 法律の条文そのものが憲法に違反している。その法律は以後、誰に対しても使えなくなる(全否定)。
  • 適用違憲(てきよういけん): 法律の条文自体は合憲だが、特定の具体的な事件にその法律を当てはめること(適用)が憲法に違反する(部分否定)。

2. なぜ「適用違憲」という方法をとるのか?

裁判所が「法令違憲」を出すと、その法律は機能しなくなります。しかし、その法律が多くの場面で役立っている場合、全否定すると社会が混乱してしまいます。

【例え話】

「包丁(法律)」は料理を作るのに必要ですが、誰かを傷つけるために使うのは間違いです。適用違憲とは、「包丁そのものを禁止にする(法令違憲)」のではなく、「その不適切な使い方だけを差し止める」という判断なのです。

3. 日本での有名な事例

適用違憲の考え方が示された有名なケースとして、過去のデモ行進や表現の自由に関する裁判があります。条例自体は公共の秩序を守るために必要(合憲)だが、特定のデモ参加者を厳しく取り締まるためにその条例を使うのは、表現の自由を侵害しており「適用違憲」である、といった判断がなされることがあります。

自白調書有罪認定違憲判決

1950年、最高裁は被告人の第1審公判と司法警察官の尋問調書中のそれぞれの供述、自白を互いの補強証拠とすることは、憲法第38条(自白の証拠能力)に反するとした。憲法第38条では、自白が唯一の証拠の場合は有罪にならないとしている。

強制調停違憲決定

1960年、純然たる訴訟事件において、最高裁は戦時民事特別法第19条および金銭債務臨時調停法第7条を適用し調停にかわる裁判を非公開とすることは、憲法第32条(裁判を受ける権利)と憲法第82条(裁判の公開)に反するとした。

純然たる訴訟とは、当事者の主張する権利があるかどうかを争う訴訟のこと。たとえば遺産分割の割合でもめる場合は、当事者が相続の権利を有すことが前提となるため純然たる訴訟とは言えない。

第三者所有物没収事件

1962年、密輸出が発見され当事者でない第三者の貨物が国に没収された事件において、最高裁は第三者に告知、弁解、防御の機会なく関税法第118条(犯罪貨物の没収)を適用することは、憲法第29条(財産権の保障)と憲法第31条(法廷手続の保障)に反するとした。

余罪量刑考慮違憲判決

1967年、最高裁は起訴されていない犯罪で、かつ被告人の自白以外の証拠がないものを余罪と認定し重い刑を科すことは、憲法第31条(法廷手続きの保障)と憲法第38条(自白の証拠能力)に反するとした。

偽計有罪自白認定違憲判決

1970年、検察官が被告人に対し、被告人の妻が共謀を自供したとうその情報を伝え、被告人から自白を引き出した事件において、最高裁は偽計によって心理的強制を受けた自白の採用は憲法第38条(自白の証拠能力)に反するとした。

高田事件

1972年、 被告人の他の事件の裁判によって15年間審理が中断されていた高田事件において、最高裁は長年にわたり審理を行わないことは憲法第37条(迅速な裁判を受ける権利)に反するとした。

愛媛県靖国神社玉串料訴訟

1997年、愛媛県知事が靖国神社に対し公費で玉串料を支出した事件において、最高裁は特定の宗教団体の援助、助長、促進になると判断し憲法第20条(政教分離)に反するとした。この訴訟の判断には目的効果基準が適用された。

目的効果基準とは、日本社会と深く結びついた宗教を国家が完全に分離することは不可能なため、宗教的意義や行為が援助、助長、促進、圧迫、干渉になるかどうかを判断するという基準のこと。

たとえば1997年の津地鎮祭訴訟では、三重県津市の市立体育館建設の際に行われた地鎮祭が憲法第20条(政教分離)に反するかどうか争われたが、最高裁は目的効果基準を適用し限度を超えたものではないと判断、合憲とした。

砂川政教分離訴訟

2010年、北海道砂川市が神社に市有地を無償で貸し出した事件において、最高裁は特定の宗教団体の援助になると判断し憲法第20条(政教分離)と第89条(公の財産の支出又は利用の制限)に反するとした。

4. 民主主義と裁判所のバランス

裁判所は、国民が選んだ国会議員が作った「法律」をなるべく尊重しようとします(司法消極主義)。そのため、いきなり法律を全否定するのではなく、「使い方が悪かっただけ」とする適用違憲は、国会(立法権)と裁判所(司法権)のバランスを保つための「大人の知恵」とも言えるのです。

まとめ:個人の権利を守るための緻密な判断

適用違憲は、社会全体のルールを壊さずに、目の前で不当な扱いを受けている人を救い出すための精密なメスのようなものです。私たちがニュースで「違憲判決」という言葉を聞いたとき、それが「法律そのもの」へのレッドカードなのか、「その時の使い方」へのレッドカードなのかを意識すると、日本の法治主義の奥深さが見えてきます。

キーワード:適用違憲, 法令違憲, 憲法判断, 違憲審査制, 司法消極主義, 人権救済

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