1590年、北米ロアノーク島。3年の歳月を経て戻ってきた入植地のリーダー、ジョン・ホワイトが目にしたのは、人の気配が全く消え果てた不気味な村の跡でした。
家々は解体され、家畜や家財道具も消えている。そして、砦の柱にはただ一つの奇妙な単語が刻まれていました。今回は、アメリカ史上最大のミステリー「ロアノーク植民地集団失踪事件」に迫ります。
1. 事件の始まり:期待に満ちた入植
1587年、イギリスは北米大陸への植民を本格化させるため、ジョン・ホワイト率いる約115人の入植団をロアノーク島(現在のノースカロライナ州)へ送り出しました。中にはホワイトの娘と、アメリカで初めて生まれたイギリス人、ヴァージニア・デアも含まれていました。
しかし、食料不足や先住民との緊張関係により、ホワイトは救援を求めて一旦イギリスへ戻ることになります。
2. 3年後の衝撃:誰もいない村
当時、イギリスはスペインとの戦争(アルマダの海戦)の真っ只中であり、ホワイトが再びロアノーク島に戻れたのは3年後の1590年でした。彼がそこで見た光景は、想像を絶するものでした。
- 住民の消失: 115人の男女が、一人残らず姿を消していました。
- 争いの跡がない: 激しい戦闘や、急いで逃げ出したような形跡はなく、建物は慎重に解体されていました。
- 謎の合図: もし危険が迫り避難する場合は「十字」を刻む約束でしたが、そこには十字はなく、代わりに樹木や柱に「CROATOAN(クロアトアン)」という文字だけが残されていました。
3. 「CROATOAN」が示すものとは?
この謎の言葉は、近隣の島の名であり、そこに住む先住民の部族名でもありました。ホワイトは彼らがその島へ移動したと考えましたが、直後に発生した猛烈な嵐によって捜索を断念せざるを得なくなり、結局、植民地の人々の行方は永遠に分からなくなってしまいました。
4. 語り継がれる諸説
400年以上経った今も、この事件には様々な説が唱えられています。
- 先住民と同化した説: 食料不足に耐えかね、友好関係にあったクロアトアン族のコミュニティに加わったという説。近年、周辺の先住民のDNAからイギリス系の特徴が見つかるなど、最も有力視されています。
- 全滅・虐殺説: 敵対する部族によって殺害された、あるいはスペイン軍に襲撃されたという説。
- 移動中の遭難説: 自作の船で島を離れようとして、海上で嵐に巻き込まれたという説。
- オカルト説: 悪霊や超常現象による消失。古くから多くの創作物のテーマとなってきました。
まとめ:歴史の闇に消えた「失われた植民地」
ロアノーク島に刻まれた「CROATOAN」の文字。それは、助けを求めるメッセージだったのか、それとも新天地への希望を記した道しるべだったのか。真相は今も地中深く、あるいは現地の人々の血の中に眠っています。この「失われた植民地」の物語は、開拓時代の厳しさと、決して解けない歴史のロマンを私たちに伝えています。
シリーズ:歴史の闇と未解決の謎
キーワード:ロアノーク植民地, 失われた植民地, クロアトアン, 集団失踪, アメリカ史, 未解決事件
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